光のラナンキュラス

Act.20 全てに感謝を

 雲は流れ行く、太陽は大地を照らし、時に涙のような雨が降る。穏やかな気候を取り戻した大地には季節が変わったことを如実に表していた。レイヴァス王の帰還に民衆は稲妻が駆けたような騒ぎに包まれたのも半年前。数々の犠牲が生まれたこの内乱に対しての喪が明けたこの日。民衆はお祭り騒ぎだった。

「礼服は苦手なんだ」

「そんな事を仰っては王など、こなせませんわ。少しは慣れていただかないと困りましてよ、陛下」

 首元まできっちりと閉められた襟を整えるのはユーディト。自らもいつも身に付けているドレスではなく、正式な場所で身に付ける政を司るデーべライナー家に与えられた正式な衣装を身に纏っている。

「カイザーはどこ行った?」

「最後の書類に四大貴族、並びに代理の承認を得てますわ。それに陛下が私室から発見なさったあの魔道具と手紙、筆跡鑑定を掛けて証拠はクラウス殿に預けました。はい、……出来上がり」

 そうか、と呟いて姿見をみれば向こうにいる自分は半年前まで傭兵として血生臭い生活を送っていたにも関わらず、小綺麗に整えられた貴族に見えるのが不思議で堪らない。

「俺、なんだよな」

「即位によってアーベンロート姓では無く本当のお名前になります。――テオフィール・ルッツ・フォン・ブルクミュラー・レイヴァス。それが陛下の本当のお名前」

「……長いな」

「率直な御感想ですわね」

 くすくすと笑う彼女に思わず笑みを浮かべればじんわりと心が暖かくなる。此処が本当の生きる場所だと実感出来た気がした。

「お、すっげーな。窮屈嫌いの兄貴がよく着たな」

「その、とても……良く似合ってるわ」

 いつの間にか姿見からテオフィールの姿をまじまじと見つめるのはアルディード帝国からわざわざやって来たフィリーネと最近漸く内乱の傷が治ったばかりのエリク。にやにやと笑う弟の頭をぺしりと叩いて見せれば直ぐに口を尖らせた。

「……そうだ、叔父上から手紙を預かってきた。正式文書ゆえに私は目を通していないが多分重要なことだと思う」

 差し出されたのは一通の文書。それは丁寧に包装されていて凹凸を付ける印が押されている。それを徐に開いたテオフィールは数行読むと口元に笑みを浮かべた。

「……互いの武官を交換留学する名目で国交の復活を提案。たしか、フィーリ王国からも同じ様な文書が来ていたな」

「はい、フィーリ女王アンジェリカ様直筆の文章でしたわ」

 横から覗き込んでくるエリクにその手紙を渡すとテオフィールは静かにフィリーネに向き直った。

「確かに頂戴した。此方も願ってないことだ、当分此処にいるだろう? 帰りに手紙を渡す」

「……全く、私は伝書鳩ではないぞ」

 そう言いつつもくすりと笑う彼女に思わずつられて微笑む。そうしている間にも式典の時間は刻々と迫っていた。

「陛下、殿下、お時間です」

「緊張するなー……俺たちのこと受け入れてくれるかな」

 ぽつりと不安そうに呟くエリクにただ肩をすくめることしか出来ない。政治が良いものか、悪いものかを判断するのは民自身。そして王は率いるものとしての力を示さなくてはならない。だけでも不安がることはない。いつでも助けを求めれば手をさしのべてくれる人がいる。それは一番心強いのだから――。

「ごめん、支度に手間がかかっちゃった。こんな複雑な服着たことが無いんだもん! ……ってフィリーネ、来てくれたんだね!!」

 巻くし立てるように一気に言葉を紡いだのは少女に一同は目を見張る。長い金の髪を束ねて、身に纏う装束は魔を司るドレッセル家のもの。映える赤は瞳の色と同じもの。

「イーナ、ドレッセル家の再興おめでとう。なんか……レイヴァスに来れば皆に会えるのだな」

 統治者としてのテオフィール、後継者としてのエリクに四大貴族の一人として歩みだしたイーナ。それに共に戦った仲間たちがここにいる。

「行くぞ、即位式典だ」

王の私室から直ぐ隣は王の間。テオフィールはつかつかと歩み寄って扉に手を掛けると大きく開け放った。
 広がる光景は膝を折り、頭を垂れる兵士たちと静寂を保つ部屋。質素ながらも厳かなその場所の空気に飲まれぬように一歩ずつ歩き出す。真紅の絨毯をしっかりと踏みしめて、それが現実だと確認しながらテオフィールは玉座の前で足を止めた。
 ――大丈夫、大丈夫。
 儀式の段取りはユーディトに叩き込まれている。失敗を恐れずに自分らしく取り囲む人を見つめたかった。
 暫くしてゆっくりと膝を折り玉座に頭を垂れる。それに倣ってエリクも少し後ろで膝をつき、ユーディトを筆頭に両脇に分かれ、静かにその様子を見つめた。
 玉座に控えるのは司法を司るエーレンフェルス家の家長、クラウス。長い世を見てきた年齢にも関わらずにしっかりと背筋を伸ばしてテオフィールを見つめる瞳は鋭い。そして脇には補佐としてクレアとカイザーが静かに控えていた。

「司法を司るエーレンフェルスの名において、汝、テオフィール・ルッツ・フォン・ブルクミュラー・レイヴァスを正式なる王と認めることを宣言する……汝の世に幸あらんことを」

 深い皺の刻まれたクラウスの手に煌めく王冠が渡される。それを静かにテオフィールの頭に乗せられた瞬間、まるで爆発でも怒ったかのような歓声が響く。その様子に明らかにびっくりした表情を見せるイーナと苦笑するユーディト。お祭りでも眺めるようなクレアと満足そうに頷き合うカイザーとクラウス。それぞれの反応を見つめながらテオフィールは静かに玉座への階段を上がった。

「此処に帰ってこれたことに感謝する」

 飾らない言葉で自分らしく伝えたい、自分が何をしたいのかを。彼は大きく息を吸い込むと真っ直ぐに兵士たちを見つめた。

「俺は王としてレイヴァス王国に住まう民を全力で守りたい、それが一番の目的だ」

 青碧の瞳が部屋全体を見渡す。その瞳には揺るぎない信念と覚悟が映った。

「二度と過ちは犯さない。だから、どうか力を貸してほしい!」

 論理的で知的な気取った言葉はいらない。今は思いを真っ直ぐに伝えたい。やりたいことはきっと今直ぐに実現できる事じゃない。二十一年前の傷跡はもしかしたら癒えないかもしれない。曖昧に生きなくてはならない現実。出来ることなら次世代に宿題は残したくない、だから――。

「俺は王になるよ」

 嬉しそうな笑い声が微かに聞こえた気がした。聞いた事がない声だったけれど泣きたくなるくらい懐かしい声。力強くて優しくて、穏やかなその声に瞳を閉じれば、涙が一筋流れた。

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