光のラナンキュラス

Act.17 海を統べる男


 待ちこがれていたあの日まであともう少し。刻々と迫り来る秒針に淡い期待を託してそっと見守る。
 ただ平穏な日々がこの手に戻ってきてほしい、ただそれだけ。
 あの頃の時間を返して下さい。


「《一片の雪、凍えるは拒絶、確かな意思よ、今此処に》」

 口から溢れる詠唱はただ思い付いた言葉を並べているに過ぎない。けれどもかざす掌にはまるで火で暖まっているのかと思うくらいどんどん熱くなっている。
 自分が望んでいるのは氷魔法なのに本当に形となるのか、微かな不安を抱きながら閉じていた紅の瞳を開けて詠唱を完成させた。

「《結晶となれ》」

 彼女の言葉と共に陶器が割れる音が鳴り響く。恐る恐る覗いてみれば、割れたティーカップからは紅茶で出来た美しい氷の彫刻が出来ていた。

「薔薇の花ね? 見事だわ」

 薄く微笑みながら歩み寄る彼女が持つゴミ箱にはもう数えきれないほど割れたティーカップが収まっている。

「さっきの百合の方が綺麗だったなぁ……」

「目的が根本的に違うわよ、お嬢。ティーカップを割らないで凍らせるのが目標なの」

 お嬢――そう呼ばれるのは正直堅苦しいとは思うけれど側でティーカップを片付けるユーディトはそう呼ばせてと笑っていた。多分、彼女の中でドレッセルの跡取りであるイーナは血の関係を除けば最も近しい人となる。同じ四大貴族として、女性として、同志として。

「良いこと? 次は花じゃなくてちゃんと凍らせるだけに集中して。時を操る能力は無理矢理使って出来るものではないわ。でも時に干渉してきたお嬢の技術に頼るしかないの」

 元々イーナの氷魔法の力は強く、相手に与えるものは強い。だけども時間は一瞬との勝負。幾等力は強くても狙いを外せば計画は台無しになってしまう。その狙いを高めるために訓練を行っている訳であるが、どうしても出来る氷は花ばかりである。

「何で花ばっかりなんだろ……」

「魔術で物を作り上げる時は術者の心が反映する。お嬢の心にあったのはきっと沢山の花だったのでは?」

 確かにレイヴァス王国に来てからというもの、余りにも酷い国の様子に何度と無く落ち込んできた。灰色に曇っていた空は澄んで晴れ渡っているけれど、吹き込んでくる風は未だ鋭く、冷たい。夜の空は美しい星が瞬いているけれども闇の様な漆黒が広がるばかり。何処にも灯火は無い。そんな暖かさが無い土地で花があれば良いのに。恐らくそう思ったことが原因では無いだろうか。

「心を無にしなさい。そうしなければ戦場では役に立たないわ」

 その言葉に強く頷くとただ瞳を閉じる。戦場で役に立たないのは嫌、腰が抜けて立てなくて守られるだけは嫌。今度こそ守る力が欲しい。そう心に決めて瞼の裏に広がる闇に身を任せた。

「《一片の雪、凍えるは拒絶、確かな意思よ、今此処に結晶となれ》」

 からん、と音を立ててテーブルの上を滑るのは丸みを帯びた紅茶の氷。ティーカップは横に倒れているものの割れてはいない。

「出来たわ……!」

 火傷をしたあとのように赤く染まる掌を押さえて歓喜の笑みを浮かべる。初めて自分の中に眠る未知なる力を操れるようになった喜びは何事にも変えがたかった。

「よかったわ……ほら、手を見せて?」

 ユーディトに向かって差し出された白く頼りない小さな掌は赤く腫れ上がっている。

「私達は力を行使できるけれどそれには必ず代償がついてくるわ、忘れないで」

「代償って、どんな……」

 今は簡単な術を使っただけだから目に見える代償は掌の腫れだけ。これが大きければ大きくなるほど代償は高くつく。

「カイザーは水を操れる代わりに泳げない、クレアは雷を操れる代わりに暫くは電気を体に収めなければならないわ」

 それは例外なしに力を持つ者に与えられる枷。そうしなければ人間の優劣がはっきりしてしまい、レイヴァス王国に起きた悲劇等の世の理を乱す力が増えれば世界は混乱に陥る。

「例外もいるのよ……女神に愛された人と皆呼ぶけれど、フィーリ王国のユーフェミア王女とかそう言われているわね」

「きっと凄い人なんだね」

 会ったことが無いから何とも言えないけど、と苦笑するユーディトに釣られて笑みを浮かべた。
 生きていく中で一生会うことが無いだろう想像の中の王女に思いをはせる。女神に愛されるくらいなのだから相当な人格者なのだろうかと誰もが想像するだろう。だけどもユーディトの瞳は同意では無く、哀れみを示していた。

「あの方は……そう籠の中の小鳥、かしら」

「え……?」

 もう一度問いただそうとすれば扉が乱暴に開け放たれた。きっと扉の方へ視線を向ければ、武装した騎士の姿。女性二人の部屋に入るには少々気が入りすぎているようにも見える。これが恐らくヘンゼルの言っていた魔法を防ぐ武具だろう。美しい装飾に秘められた力にイーナはまじまじと見つめた。

「ユーディト様、宰相閣下よりの召喚でございます」

「あらもう来たの? もう少し粘ると思ったけど。まぁ、良いわ」

 余裕の笑みを浮かべて承諾する彼女の瞳は楽しそうに笑っている。長い間従いたくもない相手に忠実にいたのだ、反抗するのは余程楽しいらしい。剣の柄に手をやったまま警戒する兵士に微笑を浮かべるとユーディトはイーナの近くに佇んでいた兵士に向かって鋭く手を突き出す。空間がねじ曲がり、黒い何かが兵士を包み込む。悲鳴を上げる仲間に慌てて助けようとユーディトに剣を向けるが彼女はただ声を上げて笑う。

「あっははは! 兵士の装備もまともじゃなくなっているのね」

 にやりと笑う彼女にイーナの背筋は凍り付く。こんなにも彼女は宰相を憎んでいる、それは時を長くした所為か殆ど憎悪に近い。だけどもこれで弱点は確実に分かった。どんな鎧にも最早欠陥は隠せないほどになっている。あとはその時が来るのを待つだけ、そう思うとなんだか安心できた。

「さぁ、行きましょうか。壊れかけた玩具の兵隊さん?」

「く……行くぞ!」

 乱暴に扉を閉めて出ていく騎士の姿。床に転がる兵士の救出もせずに出ていくなんてなんて薄情なのだろうと思いながら恐る恐る武器を外して出来るだけ遠くに離し、兜を外した。そこから出てきたのは目を見開いたまま宙を見つめる兵士の顔。若干青白く、生気の無い頬に触れればそれは酷く冷たかった。
 それがユーディトの力、悪夢に引き込む暗黒の力、光に疲れた者を癒す星空のような力。力の中に複雑な性格を持つ魔法の中で一番厄介な力だと思う。だけども彼女はこの力を使う事で何を捧げているのだろう、それだけが謎だった。
 その時、激しい物音を立てて駆け込んできた青年に視線を向ける。濃紺の珍しい色を持つヘンゼルは苦しそうに息を整えると声にならない音をあげる。イーナが優しく椅子へ誘うと漸く彼は落ち着きを取り戻した。

「ユーディト様はどちらへ!」

「え? 宰相に呼ばれて騎士に連れていかれたけど」

 その言葉にヘンゼルは顔を歪めて再び立ち上がる。どうかしたのかと問う前に足元に転がる兵士の鎧から素早く部品を集めると外套の中に隠した。

「ヘンゼル?」

「今から侍女を呼んでコレを片付けさせます。貴方も鎧の破片を持っておくと良い」

 渡されたのは掌に収まるような小さな鎧の破片。一体これを使ってどうするのだろうと考えるよりも早く彼は廊下に向かって声を張り上げた。

「誰か、参れ!」

 普段は若干頼りなさそうに見える彼だが凛とした表情で静々と入ってきた侍女に命令を下した。

「死体と一緒ではイーナ様も御気分が悪かろう、一度お庭にて話そうと思う。お前達は戻るまでに部屋を片付けるように」

「ですが、ライナルト様に外へ出さぬよう言いつかっております故」

「ならばそうだな……そこのお前、我等の監視をするが良い」

 ヘンゼルは適当に指を差すとそのまま進言しようとする先程の侍女を避けるようにイーナの腕を掴むとそのまま廊下へと出ていく。

「じ、侍女長様……」

「良いわ、お行きなさい。下手なことをすれば仲間達が危ない、心して行くように」

 はい、とスカートの裾を摘み一礼をする少女は彼女達に背を向けるとにやりと口元に笑みを宿した。
 ゆっくりと扉を閉めて静かに前をいく二人の三歩程後ろを歩く。侍女として主人の話は決して耳に入れてはならない。世話をするということは主人の持つ個人情報を手に入れること。侍女とは無駄な感情を切り捨てること、それをこなすのに彼女はうってつけだった。

「グレーテル、いいぞ」

「え?」

 部屋から離れた人気のない場所、もともとこの回廊に人が来ることが珍しい。急に侍女に振り返ったヘンゼルにイーナは戸惑う。だが、その驚愕も感心に変わった。
 彼女が流れるような金髪を強く引くとその下からは特徴のある赤毛が揺れる。滅多に表情を変えない顔と合わせれば紛れもなく守護士、グレーテルだった。

「この服、キライ」

「文句を行っている場合じゃないだろ。これを早くブリガンティアに届けなくては」

 外套から出したのはユーディトが倒した兵士が身に付けていた鎧の破片。一体、これをどう使おうと言うのだろう。イーナの持つ薄青の破片は知らぬ顔で光に瞬き続けていた。

「よくお聞きください。この破片に埋め込まれた魔法封じの紋があるはずです、ユーディト様なら直ぐに解析できるかと思いますので戻りしだい直ぐに始めてください」

「でも……戻らなかったら?」

 宰相に何の目的があって彼女を呼んだのかは分からない。だけどもこのままずっと隔離されてしまう可能性もある。世話係にと言っていたがその仕事を行う侍女は見る限り揃っているはずだ。ユーディトが態々その役目を負う必要は無い。

「生憎、魔術の知識は無いのです」

「術者には、術者のやり方、ある。悩む必要、無い」

 二人の助言に彼女が弱々しく頷いて見せたのを確認するとグレーテルは再び金髪のかつらを被ると侍女へと変貌した。

「グレーテルはそのまま隙を見て戻れ、いいな?」

 ヘンゼルが少し念を押すように言ったのは彼女は守護士としてユーディトを守るためには手段を選ばない。それが例え相手が宰相であっても。彼女は了解の意を裾をつまんでお辞儀をして示して見せる。何とも彼女らしい、なりきった証だった。



+++++++++



 こつり、こつり、とヒールが鳴る。武装した騎士に囲まれて歩く銀糸の女性はにこやかな笑みを称えている。家の長として、政治を司る者として、そして一人の淑女として。立ち向かうべきものは既に心得ている。開かれた重厚な扉。彼女は臆すことなく、ただ一点を見つめていた。

「これはユーディト……お呼びだてして申し訳ない」

「構いませんわ、少しあの部屋に飽々してましたの」

 互いに無表情なやりとり。礼儀をわきまえる者としての挨拶。ライナルトは白髪の混じる金髪を掻き上げると騎士達に下がるように命じる。その指示に彼女はうっすらと眉を潜めた。

「あら、お一人で私と会話なさって大丈夫ですの?」

「舐めてもらっては困るね、私とて神の力を継ぐ者。君の力を相殺するくらいの力はある」

 ブラントミュラー家はレイヴァス王国を巡る雷の加護を持つ家。その祖先を剣神オルトリンデと称しているがそれも定かではない。ただ彼等が、否、ライナルトがブラントミュラー家の地位を王家と同位にするために吹聴しただけと皆、口々に言う。何故ならば、王家は慈悲神レイヴァスを始祖とし今日までこの地を統治していたのだから。

「お話、とは?」

 形のよい眉を片方だけ釣り上げて彼に問う。だが、実際彼がユーディトに問うことは一つしか無いのだが。

「カイザーが来ただろう? だから君に情報を頂こうと思ってね。もうそろそろ自分の立場も分かって来ただろう」

 即ち、自分の立場と仲間達の命を天秤にかけろと言うのだろう。だけどもユーディトならば必ず拒絶する。罠か、と考えてみるがそれらしいものも無い。
 ならば――。

「私にはその御手を取る選択肢は毛頭ありませんの」

 真っ向からの拒絶。
 薄く笑みさえ浮かべている彼女にライナルトはただそうか、と呟いた。痛いほどの静寂が空間を支配する。彼が紫暗色の瞳を強く閉じた瞬間、青く輝く電流が彼女を覆うように静止していた。

「これでも言わないのか?」

「私の命、貴方が失脚するならば失っても惜しくはない」

 自分がいなくなっても跡を継ぐカイザーがいる。それでも駄目ならばもっと優秀な才能を秘めたものもいる。本当は四大貴族達は長くのさばり過ぎたのかもしれない。自分達に力があるからこそ、特別視することを求める。それが愚かだと分かっているのにどうして止めようとしないのか。ユーディトは突きつけられた刃の先にいるライナルトをじっと見据えた。

「何故だ、どうして私に従わぬ。私とて君臨する者に値するはずだ!」

 その瞬間、雷の刃の動きを抑制されていた魔力が緩む。ぴたりとユーディトを狙っていた雷の一つが彼女の腕を薄く裂いた。
 怒りに身を任せて自分の力すら操ることもできない。そんな人にどうして国の命運を託すことが出来よう。流れる鮮血を拭わぬまま、彼女はただ微笑んだ。

「この代償を払えとは言いませんわ。退出しても?」

 四大貴族の家長を傷付けると言うことは本来ならば大きな問題を引き起こす。それぞれが国の機関を担うが為に一方に強大な圧力を掛けた疑いになる。実際、ユーディト自身が受けたと思ったから敢えて『代償』と言う言葉を使ったのだろう。何も言わぬライナルトに優雅に一礼して見せると彼女は背を向けた。この一連の行動で宰相がどれだけ自分の地位に危機感を持っているのかは分かった。他の騎士達に悟られぬようにしているつもりだろうが、先程倒した騎士の装備の脆さをみれば簡単に不安を抱いたことだろう。

「苦しみや焦りはまだ足りないでしょう?」

 やるならば、ライナルトが完全に敗けを認めるまで。圧政に苦しめられたのと同等の報いを受ければ良い。彼女の嬉しそうに笑う声は君臨する者が滞在する回廊、【蒼空の回廊】に響きわたった。


+++++++++



 記憶を取り戻して船に乗ってから一日の時間がどうしても掴みにくい。それもその筈、船を覆い包むのは一寸先も見えない濃い霧。そこに佇むは青年、二人。

「出さなきゃ敗けだ」

「じゃんけん、ホイ!! ぬぅああああー!」

 甲板に出て大の大人が何をやるのかと思いきや、じゃんけんだと言うのが附に落ちない。しかもあの大袈裟な反応は心底悔しいようだ。霧の中の様子は手に取るように分かる。勝ったのはテオフィール、負けたのはエリク。

「海に落ちたら負けだ」

「手摺は?」

「お前がぶら下がったら折れる」

「兄貴、酷い!」

 まるで子どものように頬を膨らませて怒る萌黄色の瞳を持つ青年はこれから向かう国の王子、そして青碧色の瞳の青年は次期国王だと言うのだから驚く。操舵手は片目でちらりと二人の様子を見るとふと溜め息を吐いた。

「船のものも壊すな」

「不可抗力でも?」

「ゆるさん」

 無茶言うなよ、と呟きながら軽く体を捻るエリクにテオフィールは鼻で笑って見せるとすっと掌を彼に向ける。
 それを勢い良くぱんっと弾いて一気に駆け出した。後ろから追い掛けてくるテオフィールに向かって直ぐ様受け身の体勢を取ると強烈な蹴りが襲う――と思われたが受け身を取る腕を足場にして素早く背後に回りこむ。そのまま首に手刀を叩き込もうとする手を弾いてもう一方の手でテオフィールの顔面を狙って拳を放つが意図も簡単にかわされた。

「このやろ……挙げ足ばっか取りやがって」

「お互い様だろう」

 にやりと笑ったテオフィールは一歩下がって距離を取る。長い足を使った蹴り攻撃が得意な彼に対して、体が柔らかく予想もつかないような虚を突く攻撃を放つエリク。全く正反対の攻撃方法であるがそれも長い間二人で組手をしてきた結果。互いの弱点を熟知しているから得意な攻撃が強化されていく。そして自分自身の弱点を克服すれば決着は永遠につかない。
 あとは自らの体力との戦い。先が見えない組手だからこそ、自分自身と向き合うことができるのだ。敢えて距離を離したテオフィールにエリクは迷わず懐に飛びこんで吹き飛ばす。軽々と宙を舞うテオフィールは緩やかに体を捻ると柔らかく着地した。
 その瞬間、轟音と共に船が大きく揺れる。皆が悲鳴を上げる中二人は咄嗟に手摺りに身を預けて周りを見回す。うっすらと濃い霧に紛れて出てきたのは漆黒の大船。塗装はかなり落ちてはいるがかなり長い年月を海で過ごしたのだろう。迫力だけは衰えていなかった。

「船……霧に紛れて様子を伺っていたな」

「畜生! 海賊かよ!」

 海に出る者は大抵が商船か冒険家達。それも滅多に他の船と擦れ違うことは無い。何故ならば船の交通手段は余り発達していないからである。海賊の存在など想像もしていなかった。

「何事だ!」

 急な揺れに異変を感じたフィリーネとクレアが船室から飛び出してくる。だが直ぐに二人は船の姿を確認すると眼を見開いた。

「あんな巨大な船など見たことも無い……」

 船に再び衝撃が走る。どうやら彼方の船は大きさに任せて体当たりをしてきているらしい。嫌な音を立てる船に弱冠の不安を覚えるが悠長にしている場合では無い。何時乗り込まれてもおかしくは無いのだから。ただ何も言わずに銃を構えるクレアは静かにゆっくりと周りを見渡す。この黒い船が本物ならば一隻では無いはずだ。何故ならば――。

「武器を捨てろ! 抵抗は無意味だ!」

 体当たりは破壊を狙っていた訳では無かったらしい。それは船員を此方に渡す為。まんまと侵入を許したがそのままで居る気は無かった。 テオフィールは素早く剣を抜くと柄の部分を思いっきり侵入者の腹部に叩き込む。相手が誰なのか確認できない以上、無駄な問題を起こしたくはない。
 だが、それを合図に混戦状態に陥った。濃い霧の所為で誰が仲間かも見分けがつかない。無闇に飛び道具を扱えない状況を判断するとクレアは銃口を使って頭に強い一撃をお見舞いする。だがそれで怯む海賊でも無かった。
 海賊といっても想像したような筋肉隆々とした荒くれものではなく、先の細い、大地に降り立てば少し日に焼けた一般人に見えるような人達ばかり。彼等の動きは素早く護身用の短剣は容赦なく彼女に牙を剥ける。

「おとなしくやられろ、反逆者の犬め!」

「ふざけないでよ! 私達はレイヴァス解放軍ブリガンティア、あんた達が宰相の手のものなら撃ち殺してやる!」

 クレアは高らかにいい放つと銃口をつきつける。二人は睨みあったまま一歩も動かなかった。

「俺の間違いじゃなけりゃ、ブリガンティアは二十一年前に壊滅したと聞いたがな」

 突然背後から声が響く。慌てて銃口を後ろに向けた瞬間、眉間に剣が沿えられる。一歩でも動けば突き刺されるだろう。隙のない動きに初めて息をのんだ。

「過去の亡霊が今頃現れるかね」

「嘘は言ってないもの」

 男の胡桃色の瞳が笑ったような気がした。無造作に伸ばされた髪の間から覗く顔立ちは海賊にしては端正と言える。だが、持っている剣は海賊に不釣り合いなものだった。ふと一陣の風が吹く。かちゃり、という音と共に現れた三つの人影にクレアは安堵した。

「信じられないなら、お前がその眼で見定めたらどうかしら」

 矢尻を首もとに突きつけて無表情の瞳を向けるのはフィリーネ。そしてそれを支えるように大剣を向けるのはエリクだった。

「全く名乗らずにどうして喧嘩ふっかけるかねぇ」

「名乗って仕事できるならやってるさ。お前達……民間人ではないな」

 にか、と笑うエリクに眉を潜める男は吐きだすように言葉をつむぐと目を細めた。

「クレアが言っただろう。俺達はブリガンティアだ、とな」

 最後に霧の中から現れたテオフィールは長剣を片手に彼を見据えた。その姿には威圧感と気迫が既に備わっている。

「……マジかよ」

「お前が交渉したいというならば話をする場を設けよう。見る限り、海はお前の管轄のようだからな」

 これだけの船隻を持ちながらもテオフィール達を翻弄したのだ。計画や方法が末端まで届いていないとこのような統率はできない。更にいえば、フィリーネとエリクが完全に武器を突きつけて彼の動きを止めた時には海賊達も静かになっていた。

「クレア……」

「私なら大丈夫です」

 微かに男の刃が眉間を傷付けたらしく血がほんのりと滲んでいる。だが、片手で拭えばあっという間に分からなくなる程度だった。

「テオフィール様、私が聞いた話に海へ逃がされた魔道士の子息達がいると聞いたことがあります。もしや……この人達では?」

「待って。その話はアルディードにも伝わってるが見付かったのは無惨な船舶だけと聞いている」

「全部じゃないって事か?」

 曖昧な推論で話し合うより本人に聞いた方が早い。テオフィールは男に歩み寄ると視線を会わせるために膝をつく。青碧の瞳を前に彼は全く怖じ気付くことはない。その度胸には賞賛したかった。

「俺はテオフィール……お前の名は?」

「オズヴァルド、皆はオズと呼ぶがな」

 男――オズヴァルドはふと鼻で笑うと後ろで怪訝そうに見守る三人の姿を一瞥する。対して珍しくない茶髪の大男と金髪の少女、そして珍しい黒髪の女性を見れば本当にブリガンティアか、と疑いたくもなる。彼は嘲笑うようにテオフィールに問いかけた。

「ライナルト宰相は海まで支配を伸ばそうとしていると聞くが、どう対抗するつもりだ」

「川を上がって王都をぶっ叩いてやるだけさ」

「兄貴……」

 眉を潜めてテオフィールに声を掛けるエリクを制して暫く考える。我ながら頭に血が上っていたようだ。だけども彼等の船を見ればそんなには大きくなく、分類でも中型だろうか。自分が言った通り王都に攻め上がるならば使える。そしてこの男も。

「ブリガンティアに協力する気はないか?」

 唐突な問掛けに鋭く胡桃色の瞳を向けられる。正気か、と視線を向ければテオフィールの青碧の瞳は真剣だった。それに対して萌葱の瞳は軽く動揺しているようだ。これは面白い、とくつくつ笑う。

「見返りは? それにもよる」

「ならば海の管轄、満足できる話だと思うが」

 海、とは大きく出る。世界を跨ぐ海の管轄を与える事が出来るこの男は一体何者なのだ。まるで自分が世界の覇者であるような言い方に彼は笑みを浮かべたが臆する様子はない。テオフィールはふと笑うオズヴァルトを確認するとエリクの胸を軽く叩いた。

「交渉成立、だな? このままブリガンティアに合流して王都に攻め上がる」

「やっと先が見えてきた感じだな」

 ――ブリガンティア行動開始まで後二日。

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