光のラナンキュラス

Act.2 呪われた花


 世界から拒絶されて、人から拒絶された。哀れむ者も無くてたった独りぼっちの私に手を差し伸べたのは同じように独りぼっちの一人の王子。私達は認めてもらいたかった。私がいて、貴方がいるそんな世界。

 ――お願い、私を見て。

 孤独を糧に咲き誇る薄紅の花。狂い咲け、誰かが私を思い出すように。そして誰も忘れないように。

「綺麗……」

 薄紅に花弁を染めて花を咲かせる百合の花。思わず屈んで手を伸ばすが、触れるか、触れないかで花は溶けて消えた。金茶の髪が強く風に流される。まるでしがらみを解き放つような力強い風。夢だと分かっていても何故か心地好かった。

(――……様)

 もう少し、この幻想的な世界に身を踊らせていたい。だけども着実に彼女を呼ぶ声は強くなっている。仕方なく、呼ぶ声に身を委ねると引きずり込まれるような感触と共に瞼の向こうの日差しが眩しく感じた。

「ユーフェミア様」

「……分かってるわ。今起きるから」

うっすらと瞳を開けて顔を覗かせたのは薄水色の瞳。まるで晴れ渡った空を思わせるその色を持つのは自分が知る中では一人しかいない。中々起きない自分に少し心配したのだろう。ただでさえ気の弱い表情に更に拍車が掛かっている。それを見て思わず苦笑を浮かべれば、セルディアは漸く安堵の表情を浮かべた。

「ジナステラ駐屯騎士団まであと数分だそうです。姫様が来ることは伏せてあります」

「えぇ、分かった」

 次期女王という立場から余り人の眼に触れられるのは良くないという配慮だろう。王族の特徴は幼い子どもから老人まで誰もが知ること。彼女が自ら動くことで事態が重大であることを余り知らしめたくないのは皆同じである。
 差し出された目立たない色の外套を受け取ってふと溜息を吐く。もしも自分がこんな立場にいなければ毎日をどう過ごしていたのだろう。そう思うとどんなに悲しくても、辛くても想像だけは元気に羽ばたいていった。

「ジナステラは南部の気候を諸に受けてる。熱いかもしれないが我慢してくれよー。あとでゴタゴタに巻き込まれるのはごめんだからな」

「分かってるって言っているでしょう。何回も言わせないで」

 まるでからかうように言うアルフレートが気に入らないがそのまま彼の言い方に文句を言っていたら何も始まらない。ユーフェミアはふと大きく深呼吸をすると窓の外をゆっくりと見渡した。
 確かに南部と言うだけあって空の色も日差しも色が違う。これが気候の差という奴だろうか。王都は比較的北に位置はしているがこれほどまでに暑さは感じない。恐らく先人が気候も考慮に入れて比較的安定した場所に王都を設置した所為だろう。
 暫くして見えてきた光景には三人とも絶句していたのだが――。

「こ、これがジナステラ駐屯騎士団?」

 素頓狂な声を上げて驚くセルディアとは対照的に口をあんぐり開けたままのアルフレート。無理もない、その光景にはユーフェミアさえ驚いた。
 それを一言で表すのなら、まるで要塞。見たこともないような巨大な石で作り上げた巨大な門、王都が芸術品と表すなら此処は武芸品。無骨ながらも年季の入ったそれは戦争を知らない者に言わせればアンティークとでも言うのだろうか。

「意外に大きいのね……」

「騎士団の統括はお前の婚約者だろ。なんか聞いてなかったのかよ」

 聞けるわけないじゃない、と呟きながら外套を日除けに使って建物を見上げる。王女たる自分が国の戦力を問うのはなぜか信用していないように思えてしまうのだ。きっと彼ならば笑って答えてくれるのだろうけど。

「入りましょ、外は暑いわ」

 そう言って足早に中へ足を踏み入れる。中は要塞且つ石造り故に質素ではあるが見た目が涼しい作りになっている。戦いはそうそう無いとは言え、豪華絢爛な騎士団駐屯地では緊張感がないというものだ。
 ユーフェミアは辺りを見回しながら見たことがない光景に眼を奪われていた。

「此方へ」

 セルディアの声に促されて前へと進む。入り口の騎士は何も言わずに静かに敬礼をするだけ。身分は知られていない筈なのにどうしてだろうかと首を傾げたがそれは直ぐにわかることだった。

「おうおう。セルディア、久しいの」

「お祖父様、お元気でしたか?」

 通路に寄りかかって三人を待ち受けていた人物はかなりの年齢のいった人であったが体格は逞しく、瞳は蒼穹の色だった。それもその筈、セルディアがお祖父様と言ったことから関係は何も知らないユーフェミアにも理解ができた。
騎士達が何も言わず通してくれたのは祖父と孫という二人の関係を知っての配慮だろう。
「げ、じいさん。まだ騎士やってたのかよ」

 知っているの、と問うような視線を向ければアルフレートは少しばつが悪そうに頭を掻いただけだった。

「ほほほ、こいつの槍術を叩き込んだのは儂じゃからな。しっかり鍛練はしておろう?」

 そう言って笑う老騎士に漸くユーフェミアもその正体を思い出しつつあった。確か幼い頃から側仕えをしていたリディアスがその名を聞いただけで驚くほど恐れていた人物。それがこの人物――クレーメンス・ボールシャイト。リディアスが就任する前の王宮騎士団長である。

「それにしてもセルディア、中々ジナステラに来てくれなかったの?」

「ごめんなさい、お祖父様。色々と理由があるのです」

 二人の醸し出す柔らかな雰囲気をぼんやりと見上げているとクレーメンスはその視線に直ぐに気がついたようで誰も通らない廊下まで三人を先導した。

「姫様、気がつかずに申し訳御座いませぬ」

「え……ってコレだからか」

 そう言って頭に掛けていた外套を外してみせれば王家特有の容姿。これは誰の目にも誤魔化すことは出来ない。王宮でばかり過ごした日々は容姿を隠すことは教えてくれなかった。その代わりに自分の存在意義を曖昧にさせ、母との確執を大きくし、弟と会うことは滅多に無くなってしまった。

「姫様が直々に此処に来られるということは……報告が上がったということですの」

「お祖父様、詳しいことご存じではありませんか?」

 報告が上がっているのは約一年前から事件が起こっていること。そして死体の特徴として干からびたミイラと化していること、そして黒の少女。その表現がどういう事を指しているのか分からない。この報告の内のどれかでも分かれば手がかりになるのかもしれないが――。

「うむ、大陸の中央にあるインフォンティーノ駐屯騎士団からは少女のことについて報告があった。黒の少女とは黒髪の少女のことらしい」

「ちょっと待ってくれ、黒髪はアルディード皇家の特徴だろう? すると今回の事件はアルディードが関わってることになるぞ!」

 動揺する余り、声を荒げるアルフレートだがその口は直ぐに閉じられることとなった。何故なら彼の後頭部をクレーメンスが渾身の力を込めて叩いたからである。余りの痛みに悶絶したことを良いことにセルディアはなにやら考えながら歩き回る。恐らく自分の得た情報を整理しているのだろう。だけどもユーフェミアには既に直感が働いていた。

「クレーメンス、私にはこの事件にアルディード皇家が関わっているとは思えないの。だって騎士を殺したって何の得にもならないし、一番最近の事件はつい何日か前でしょう? 皇帝が代替わりした今、戦争を起こすのは得策ではないわ」

「儂も同感ですぞ、暫く皇家以外の黒髪を特徴とする者、調べてみた方が良さそうですな」

 この老騎士は笑うとまるで子どものような笑顔となる。そんなことを思いながら笑みを浮かべてみせるが急にその表情は真剣になった。ユーフェミアは辺りに漂う気配に鋭い。まるで第六感が働いたかのように数々の事を言い当てることに加え、詳細な予知までこなす。その存在はまるで神のよう。だが、慌てて外套を被る姿は年相応の女性だった。

「クレーメンス様、大変です!」

 ユーフェミアの行動に眼を見開いていたクレーメンスが兵士の声に我に返る。だが、息を切らせて走ってくる兵士に威厳をもって接するにはそう時間が掛からなかった。

「交換留学に来ていた騎士が――消えました」

「何だと!?」

 軽く舌打ちをして走り出したクレーメンスに三人も後を追いかける。高齢にも関わらず、その足の速さは見事なものだった。
 クレーメンスが足を止めた先に広がっていたのは眼を見張るほど大きく広がった百合の花畑。武骨なその場所に似合わない微かに薫る柔らかな花の香りは人を惑わすような香りだった。

「これは……ベラドンナリリィ?」

 セルディアが呟いた言葉にアルフレートに説明を求めれば至極簡単に説明してくれた。ベラドンナとは元々『美しい女性』という言葉が元になっており、最も美しい百合とされ、滅多に見られるものではない。其程貴重な百合の花がどうして此処に広がっているのだろう。だけどもその花弁の一つ一つには背筋が粟立つような鮮血を乗せている。それが行方を眩ませた騎士の身に何かあったということを示している。

「くっ……何ということだ」

 留学してきた騎士は海峡を挟んだ向こう側にあるレイヴァス王国の騎士。嘗ては死の国として旅立ったものは帰ってこないなど不吉な噂ばかりが広まっていたが三年前に王の遺児が帰還したことにより、情勢は一気に変わったのである。
 その遺児は今では『武の蒼王』と呼ばれ、民の信頼を少しずつであるが取り戻している。

「元々、アルディード帝国で傭兵をしていらした方ですから騎士の育成には力を注いでおられるようですね。ですが……その事が裏目に」

 ユーフェミアの知らない実情をこっそりと耳打ちするセルディアにそっと頷く。もうこれではフィーリ王国だけの問題ではなくなってしまった。消えたレイヴァス王国の騎士は悪く言えば問題を大きくしてしまう要因となったが、よく言えばそれだけ情報収集がしやすくなる。

「じいさん、俺達は王都に戻るが、良いか?」

「あぁ、くれぐれも一般の兵士達には内密にしろ。士気が乱れると何が起こるか分からんぞ」

 外套を深く被ったままのユーフェミアは強く頷いて承諾の意思を表す。今からならば馬を飛ばせば深夜には王都に帰還することが出来るだろう。内密に動くには丁度良い時間だ。
事件自体はユーフェミアの手に任されているからレイヴァス王国への報告もベラドンナリリィの意味も黒髪の少女の正体を暴くことも全ての彼女が背負うことになる。
 ――出来ることから片付けなくては。

「お祖父様、くれぐれもお気をつけて」

 身近な人の管轄で大きな事件が起きたのだ。心配そうな表情を隠さないセルディアを半ば引きずるようにして馬車に戻ると途中、馬を二回ほど代えなくてはならなかった。
 行きとは打って代わり魔物に遭遇することもなかった帰りは大分旅が早く感じた。

「姫様、まずは女王陛下に御報告……」

「そんなもの、後で良いわ! 解決しろと言ったのはあの人だもの。権限は私にあるの。自分は完全に手を引いているのだから干渉できないわ」

 馬車を降りて真っ先に駆け出したユーフェミアを必死で追い掛ける二人。報告を二の次とするのは流石に不味いと悟ったアルフレートが報告に行ってくれて正直、セルディアはほっとしていた。
 王都に聳える城は四つの塔と一つの居城で構成されている。四つの塔は東西南北に散らばる騎士団を象徴し、中央は総てを統治する王族が象徴されている。そうした複雑怪奇なつくりではあるが、毎日を過ごしている家に変わりはない。ユーフェミアは中央にある居城を迷うことなく目指した。

「姫様、何処に向かわれるおつもりで!?」

「良いから黙って着いてきて!」

 いつもなら最上階へと向かう階段を逆に地下へと向かっていく。普通なら入り込む事が許されない場所は常人には入れないように結界が敷かれている。それを知るが故に足を緩めたセルディアの手をユーフェミアは強く握るとそのまま結界がの中へ飛び込んだ。

「乱暴なことはお止めください!心臓が幾つあっても足りません」

 王家、それに連なる血筋の者、大臣等のみ通ることが許される結界だがユーフェミアがやったように通れる者の体の一部分に触れていれば常人でも容易に入り込めるようだ。
 驚きの余り半ば嘆くように呟かれた言葉に苦笑しながら目の前のものに視線を向けた。そこには巨大な鏡が一つ、人が五人ほど並べるような大きさで装飾が見事だった。

「これは……」

「過去の遺物よ。昔に連絡手段として使われていたものだけど一家に一台は大きすぎるから廃れたの。今は各国の非常時の連絡手段……らしいわ。使ったことないけど」

 知識は微妙にあるのよ、と呟くユーフェミアをハラハラドキドキしながら見守る。勿論、セルディアは城の地下にこんな巨大な鏡があることさえ知らなかった。見守ることしかできない自分がもどかしいがユーフェミアに任せるしかない。
 祈るように見つめる彼女を他所にユーフェミアは記憶を便りに装置に触れていく。すると鏡は少しずつ濁ったような色をしたり、水晶のように透き通った色となったりした。

「分からないわ……非常時のものくらいしっかり覚えれば良かった」

「俺は覚えてくれって念を押したけどな」

 不意に響いた声に思わず振り返る。そこに居たのはアルフレートに連れられて来たのだろうリディアスがそこに居た。弱冠息を切らせているのは恐らく事の次第を話ながら来たせいだろう。だが二人は結界を前にして立ち往生するしかなかった。

「つーか、何で入ってんだセルディア!! 俺もまだ入ったことがないのに狡いぞ。過去の遺物をこの手で調べられると思ったのに!」

「邪な考えはこの際棄ててください、アルフ。貴方はこの装置を動かせるんですか!?」

「多分な」

 だから早く入れろと言わんばかりの彼に苛立つセルディアを諫めて結界の向こうにいる二人に手を差し出す。二人の手を強く握りしめると強く自分が居る方に引き寄せた。すると結界はまるで波打つように波紋を広げて二人を受け入れた。
 直ぐさま鏡の仕組みの解明に取りかかるアルフレートとは対照的にリディアスはゆっくりと歩み寄るとじっと作業の様子を見つめる。そんな彼の横顔を見ながらレイヴァス王国とはどういう所なのか、そんな考えに耽っていたのだった。

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