光のラナンキュラス

Act.11 神降の民


 今は問い掛けても帰ってこない答え。少し前まで饒舌だった癖に必要な時に答えず、要らない時に答える気紛れな猫。翠緑の魔女と出会ったことで何か考え込んでいるのは分かっていた。
 ――何故、貴方はここに居るの?
 心の中で問い掛けても帰ってくるのは静寂だけだった。

「駄目なのか?」

 インフォンティーノ駐屯基地、大会議室を貸しきってユーフェミアはひたすら精神を集中させていた。たまに問いかけるアルフレートに頷いたり、首を振ったりして答えるだけ。でも半日以上集中し続けていたユーフェミアの体力も限界だった。

「全然答えてくれないわ……」

 長い卓上を向かい合うようにして座る二人。流石にこの位置は互いの疲労や表情は隠せなかった。

「王太子の事は連絡をしてあるし、心配することはない」

「気遣ってるの? 止めてよ、気持ち悪いから」

 互いに気高く、口の悪い性格の二人。会った当初から反りが合わない風に見えたが結局は互いに素直になれない似た者同士である。
 ユーフェミアは疲れきった顔で窓に歩み寄るとそこから見える騎士達の様子に目を細めた。何故ならばインフォンティーノ駐屯騎士団に所属する騎士以外にも見慣れた騎士の姿を目にしたから。

「リディアス……王宮騎士団が何で」

「そんなの簡単だろ。被害をもたらしたのが他国の王太子。しかも意思に反して操られてると来た。一番権威のある騎士団が動かなきゃ示しが付かねぇ」

 考えりゃわかるだろ、と呟くアルフレートに黙りなさいよ、と睨む。鍵を外して窓を開け放つと新鮮な風が部屋を駆け抜けた。そこから見える景色から推測すれば既に体調を崩した騎士は収容されたようだ。動ける騎士達はリディアスを中心とする王宮騎士団の者に翠緑の魔女が襲撃してきた状況を説明しているのだろう。その中にセルディアの姿も見えた。

「ねぇ、翠緑の魔女のこと……どう思う?」

「襲撃が目的じゃないのは確かだ」

 もっと他に為すべき事があったのだろう。本気で駐屯騎士団を潰す気ならば最初から魔法を使ってきた筈だ。だけども最初に行ったのはエリクへ語り掛けること。

「やっぱり《黒の少女》関連かしら。カイザー殿はアルディード皇家とは違うと言っていたけど……」

 ――気になる。
 自分の目で確かめてみたい。本当に騎士の失踪と黒の少女が関連しているのか、そして黒の少女の正体。
 臥せていたユーフェミアの紫暗の瞳が急に輝いた。知りたいならば知ろうとすれば良い。長らく城からでない生活をしていれば頭の柔軟性は失われると改めて実感した。

「アルフ、行くわよ」

 置いてあったボウガンを掴んで外套を身に付ける。前までは外套を身に付けるのも時間が掛かっていたが今はもう片手でこなすほど手慣れたものだった。

「今度は何する気だ?」

「エリク殿下の後を追いかけるの。幸い、翠緑の魔女も一緒の筈だから魔力の気配を辿りながらなら追いかけられる」

 レイヴァス国王の弟である力と古代に生きた魔女の魔力。祈祷魔術を使うユーフェミアの力とは質が違うかもしれないが異質な魔力を辿れば何処に行ったのか知ることが出来るという寸法だ。

「セルディアはどうするんだよ」

「勿論、連れていくわ。あの子、勘が良いから」

 部屋を出て建物ので入り口へと迷うこと無く出ていく。途中擦れ違う騎士達は二人の姿を見つけては胸に手を当てて礼をする。それはユーフェミアを王族として認め、忠誠を尽くすという礼ではなかった。襲撃者から騎士を守り、撃退という功績を残した彼女への敬意の礼だった。

「深窓の姫君も今や英雄か」

 ぽつりと呟くアルフレートの言葉を無視して外に出た彼女はリディアスと話し込むセルディアの肩をがしりと掴んだ。
 力強く、且つ無言の圧力に振り向いた彼女の蒼穹の瞳が微かに怯えた気がした。

「ユーフェミア、無事で良かった」

 突然現れた婚約者を抱き締めようとリディアスは両手を広げるがユーフェミアに片手で制される。心の底から愛する婚約者が一体何を考えているのか時折分からなくなるのだが――。

「リディアス、セルディアを少し使わせてもらうわ」

「あぁ、良いけど……何に?」

「謎解きよ」

「は?」

 謎解き――探偵ごっこでも始めようというのだろうか。至って真剣な表情を崩さないユーフェミアとその後ろで笑いをこらえながら楽しそうに様子を見守るアルフレート。その温度差に首を傾げながらもリディアスは快諾した。

「ひ、姫様一体何を……」

「殿下の後を追いかけるのよ。貴方は……ついてくればわかるわ、多分」

 セルディアは人の言動から性格を見抜くのが得意である。騎士としての技量が足らなくても天賦の才で人を見抜き、戦略を立ててきた頭を使う騎士である。格上過ぎるエリクの前では敵わなかったがその実力はリディアスも認めている。その他にも野生の勘が備わってるらしい。

「誉められているのか、貶されているのか分かりませんが、お役に立てるなら――」

「決まりね。私達は夕刻までには帰るわ」

 ――それまでに帰らなければ探しに来てちょうだい、と言うことだろう。未だに何を考えているのかは分からないが急に姿を消したりされるよりかはよっぽどマシである。
 リディアスは頷くと懐から小瓶を取り出してユーフェミアの掌に握らせた。

「何かあったら割ってくれ。直ぐに迎えに行くから」

 まるでお伽噺の王子さまね、と微笑んで見せれば答える代わりに頬に口付けを落とされる。手慣れた仕草に抵抗するでもなく素直に受け入れるとユーフェミアは二人を伴って深い森へと消えていった。

「王宮騎士団長は今回の事なんか言ってたのか」

「リディアス様? えぇ、エリクレスタ殿下が消えた事もそうだけど翠緑の魔女に驚いてましたよ」

 翠緑の魔女は古代に死んだ人物。正確には冷戦状態だった【百年戦争】の起爆剤となり、妹である【青碧の魔女】――又の名を慈悲神レイヴァスに討ち取られ、死んだ女性である。そんな女性が蘇って人を操るなど普通では理解できない。

「一体何が目的であの魔女は蘇ったんだ? 鎖がどうたら言ってたとか」

 後ろで絶え間なく推論をぶつけ合う二人の話を聞きながらユーフェミアは魔力の気配をゆっくりと探っていた。一つは嵐を詰め込んだような風の魔力。もう一つは自然の理を圧縮した魔力。それは敷かれた道を歩くように見分けるのが容易かった。

(ずっと一緒だったみたいだけど……)

 微かな違和感を感じた場所。そこは少し広く、小さな野営が出来そうな空き地。此処に強く残るのは後を追いかけた二人の強い魔力の他に、小さく弱々しい頼りない魔力。魔力がほぼ無いと言って等しい人がいたのだろう。ユーフェミアには微かな力さえも見分けることが出来る。

「おい、何か見つけたのか?」

 さっきから一言も喋らないユーフェミアを流石に気になったのか、アルフレートが乱暴に問いかけるとセルディアから軽い肘鉄を喰らった。

「目に見えるものは見つけられなかったけど感じたものは見つけたわ……この先は地図に載ってる?」

「いいえ、森林が広がるだけですが」

 だけどもユーフェミアの視線の先には僅かにだが道が出来ている。好奇心が彼女を駆り立てた。

「セルディア、先導してちょうだい」

「分かりました。アルフ、後ろは頼みます」

「あー、はいはい」

 返事は一回で構いません、と苛立ったようにアルフを一瞥してセルディアは剣を片手に獣道を歩き始める。その後ろをユーフェミアがボウガンと矢を片手に、更に後ろをアルフレートが槍を両肩を引っ掛けて歩いていた。
 道無き道を迷い無く進むセルディアにはユーフェミアの言う通り勘が備わってるらしい。一瞬立ち止まったりするがまるで道筋を知っているかのように滑るように足を運んでいた、が――。

「止まって」

 鋭くセルディアの声が響いたと思うと力強く腕を引かれた。しゃがんでじっと息を殺す彼女の瞳は鋭く真剣。いつもと違う雰囲気を醸し出すのはセルディアだけではなかった。アルフレートの灰色な瞳は細められ何かを観察している様に見える。一体何を見ているのか首を伸ばそうとすれば無理矢理引っ込めさせられた。

「やっとヴィラが帰ってきたんだってな」

「まだ二回目の神降ろしなのにあんなデカいの降ろしちまって難儀なこった」

 会話や声から推測すると男が二人何処かに向かってるらしい。よく分からない単語が並んでいるが理解できないことはない。ユーフェミアは一瞬だけ草むらから顔を出すと話し込む二人の容姿に驚愕した。

(黒い髪に、黒い瞳……!)

 それはアルディード皇家と同じ容姿。カイザーの言っていた言葉はどうやら真実だったらしい。二人の中年の男達は手に大きな荷物を抱え、とぼとぼと獣道を進んでいく。するとその奥からまだ年若い少女が息を切らせて飛び出してきた。

「良かった……父さん、村に色の付いている人が来たの! 巫女様に父さんを呼んできなさいって言われて……」

 年若い少女も髪や瞳は漆黒。怯えたように捲し立てる彼女を父さんと呼ばれた男は宥めるように頭を撫でた。

「色の付いている人……きっと街の人が迷い込んだんじゃないのか?」

「ヴィラ姉さんも一緒だったわ……綺麗な緑の瞳をした男の人よ」

「ならば追い出さなきゃならんなぁ……色の付いている人達は儂らを好まん。それに儂らの事が知れたら……――」

 考えるだに恐ろしいとでも言うように男は両腕を掴んでガクガクと体を震わせる。その仕草に少女の血の気がさっと引いた。そして父親の腕を強く引っ張り、早く村へと二人を急かしたのだった。

「……聞いたか?」

「緑の瞳、殿下に間違いないわ」

 消えたエリクの行方が分かったけれど村に入る手段がない。もし入ったとしても操られたエリクに対抗する術や排他的な村から歓迎を受けるわけでもない。
 ユーフェミアは立ち上がって土を払いながら朱を引いた口許に手を置いた。どうすれば騒ぎを起こさずしてエリクが何をするのか、翠緑の魔女の目的が分かるか。

「今みたいに草むらから様子を窺うしかありませんね」

 彼女と同じ思考に辿り着いたセルディアがぽつりと呟く。彼女は三人が消えた先に目を凝らすととぼとぼと歩き始める。何かを探しているような仕草にアルフレートは眉をしかめるがユーフェミアは両腕を組んで眺めているだけ。そんな事も露知らず、セルディアは一番低い木に跨がるとそのまま器用に重心を支えながら木を登っていく。まるで階段を昇っている様にも見えるがそんなことは決してない。恐らく気合いのままに木を登れば意図も簡単に枝を折ってしまうだろう。だけども彼女は枝の折れない柔らかな部分を選んで一歩一歩を素早く進んでいく。だからこそ、枝は微かに揺れるだけなのである。

「ありゃ、野生だな」

「否定する要素がないわね」

 久し振りに意見を一致させた二人であったが、様子を見終えたセルディアが地面に降りようとして尻から落ちたときには同時にさっきの言葉を撤回していた。

「柵も無いようですし、簡単に忍び込めると思い……あっ!」

 再び人の気配を感じたのだろうセルディアはユーフェミアの腕を引いて身を低くさせるとその隣にいたアルフレートもそれに倣った。

「あんなに嫌がられると流石に凹むなぁ……」

「だから言った筈だ、我ら神降(かみおろし)の民は訪問者を嫌う。お陰で私までとばっちりを喰らった」

『少しは物事を良い方向に捕らえなさいよ、ヴィラ。やるべきことは沢山あるんだから……ってその前に』

 くもごった女性の声がくすりと笑った気がする。それに気付くまで完全に忘れていたのだ。相手が強い魔力の持ち主だと言うことを――。

『やっぱり貴女はフィーリじゃないって認めてあげるわ、王女サマ。つよーい魔力が垂れ流しよ?』

 不愉快な笑い声に唇を噛み締めるとユーフェミアは素直に立ち上がって三人の前に姿を晒した。
 目の前には片目を漆黒の髪で隠した少女とふわりふわりと宙を漂う翠緑の魔女。そして手前には操られていた筈のエリクの姿。

「エリクレスタ殿下……事件解決の為に参られたのではなく、事態を悪化させるために参られたのですか?」

「俺はがんじがらめの今を打破したいだけだ、ユーフェミア王女。君だって同じなのだろう? 聖翼神の魂を持ってるんだから。俺は同じ人たちを解放したいだけだ」

 エリクの脳裏に浮かぶのは滅多に感情を顔に表さない兄テオフィールと行動のきっかけとなったアルディード帝国の女帝フィリーネ。彼らはきっとエリクの行動に失望するかもしれない。民を守るものとして当たり前の精神である。だが、エリクは魂を受け継ぐが故に苦しむ姿を何度も見てきている。自分自身、古の亡国の王子の魂を受け継ぐものであるが実際彼はエリクに何の影響ももたらしていない。

『エリク殿下の様に人の魂は誰もが受け継いでいる。だけども私やレイ、アルデシアやフィーリも……アイリーンも違う。ただの人じゃない』

 ――私達は強すぎる力を持った人だから。
 だから人に忌み嫌われ、力を恐れられ、逃げ出した。だけども今一度生まれた場所に帰りたいと願い、舞い戻った。その犠牲は余りにも大きすぎたけど。

「解放するのに何故騎士を殺す必要があるの!? それも鎖を解放するためだと?」

『それは……申し訳なく思っているわ。でも大儀の為なの』

 憤るユーフェミアに翠緑の魔女は真剣な表情で彼女を見据える。
 太陽の光を浴びずに通してしまう半透明の体はきらきらと煌めいて目映い。白の絹の衣に身を包んでいる彼女は古の悪しき魔女ではなく自らの信念を貫く強い心を持ったただの女性に見えた。
 睨み合う双方の緊張感など知らん顔の黒髪の少女は徐に口を開く。

「翠緑の魔女――リアの他にも神出鬼没の移動魔術を使える魔女が一人だけいる。それを追いかける度に上手く撒かれてしまっていた」

「そんな証拠、何処にもないじゃない」

「だろうな。信じるか、信じないかはお前次第だ」

 明らかに年下の女性に『お前』呼ばわりされて腹が立たないわけがない。猫目の瞳を更に釣り上げて睨んでも黒髪の少女――ヴィラには一切の動揺や反省は無かった。

『ねぇ、王女サマ。鎖から解放されたくはない?』

 甘く微笑むリアに耳を傾けるものかと唇を噛み締める。だけども彼女の言葉にすがりたくなる自分もいることに気がついた。
 物心ついた時から心に住まう古の女神。彼女は時折彼女に助言を与えながらも謎を残していく、そんな存在。いつからか、その存在を疎ましく感じたけれど――。

「フィーリ無しには今の私は居ないわ。フィーリがあるからこそ私がいると思う」

 切っても切れない絆。時には救いでもあり、疎ましくもあったけれど、共に歩んだ人生は彼女無しには語れない。
 ユーフェミアの言葉に意図を察したリアは絶えず体を浮遊させながらくすりと口元に笑みを浮かべた。

『思い出に浸るのも自由だけど、……忘れないで、貴方が宿している人格は爆弾と一緒よ』

「ご忠告ありがと、翠緑の魔女。早くこの国から出ていって」

『言われずともそうさせて貰うわ』

 リアの指先が地面へと伸びる。それと同時に舞い起こった柔らかな風が流れの法則を破って地面から吹き上がる。黒髪が風に流されてヴィラの隠れていた左眼は深緑に輝きながらじっと此方を見つめていた。

「王女……我等、神降の民は歴史の真実を知り、正す。異端なお前に自らを正す勇気はあるか?」

「やめろ、ヴィラ」

 彼女の頭を地面に押し付けんばかりに掌で押すとユーフェミア達、三人に頭を下げる形となる。それに嫌がる様子も見せずに頭を下げるヴィラにまるで父親のような笑みを浮かべたエリクは申し訳なさそうに一言呟いた。

「カイザーをお願いします」

 彼が目覚めるのを願って止まない。斬り付けた手の感触が生々しく残っているのはいつもと同じだけど感じる罪悪感は今まで以上。帰ったときには甘んじて叱責も罰も受ける。だから、やるべき事を果たすまで待っていて欲しい。
 エリクの頭が深々と下げられたと同時に翠緑の魔女の魔術が作動して三人は光の中に包まれて消えた。

次へ
戻る