光のラナンキュラス

Act.16 仕組まれた解放


 聖暦一〇〇三年の初秋、第二十五代国王テオフィール・ルッツ・フォン・ブルクミュラー・レイヴァスはそれまで提唱していた理の加護を解放する事を急に取りやめる。国を根底から揺るがしていた事件が漸く終息に向かうと国民達はほっと一息吐いたのだった。
 ――だけども彼は決して諦めない。
 強い意志を秘めた青碧の瞳は日ごとに美しく輝き始める。臣は皆、政(まつりごと)に生涯を捧げようとしている国王を期待の瞳で見ていた。古の魔女の事件はぴたりと止んで、皆が普通の生活に戻り始めた時、事件は起こった。

「姫様……本当にやるつもりですか?!」

「今だけでいいから姫様は止めて。もう後戻りできないのよ」

「おい、足を引っ張るなら外で大人しくしてろよ」

「ま、見つかったら大事だよなー、あははは」

「あははじゃない」

『ほら、いい加減にしなさい。消し炭にするわよ』

 静かだけれども威圧的な声に一同は身を竦める。漆黒の装束に身を包んだ彼らは体格もバラバラでふと見たら一体何を目的に活動している集団なのか分からない。だけども微かにのぞかせる瞳でお互いに判別をしていた。
 空のような青い瞳を持った人は辺りを見回しながら何処か不安そうに紫水晶の瞳を持つ人物へと視線を向けている。そしてそれに苛立ったように目を細める灰色の瞳。そして暢気に両腕を組んで眺める萌黄色の瞳の人物とそれを諌める漆黒の瞳の人物。一人だけ様子が違ったのは深緑の瞳を持った人。まるで殺気立っているかのように鋭い瞳を向ける先にあるのは精霊魔術と加護が一心に集まる場所――レイヴァス王城。

(変わらない……変わらなさ過ぎて忌々しいわ)

 ――まるで私たちのように。
 彼女は頭を振って余計な考えを何処かへやると纏う漆黒の衣の裾を強く握りしめた。

「兄貴の頼みだから、あちらのやることはやってある筈だ」

「私達はそれに乗じて宝玉を破壊するだけね」

「……でも全員が陛下のお考えに賛同しているわけではないでしょう。計画を知っているのは陛下だけと考えた方がよさそうですね」

 各々武器を装備して王城に目を向けた。

「俺とヴィラは兄貴のところに向かう。王女と護衛二人はエーレンフェルスの風の宝玉、リアはデーベライナーの闇の宝玉を破壊。……準備はいいな?」

「えぇ」

 それは満月が雲の上を悠々と浮かんだ日。漆黒の闇を彩る星が輝き、灯りのように地上を照らす。その光を嫌うように影へと逃げる集団を町の誰も見つけることはできなかった。



+++++++++



 ふわり、ふわりと風に乗って空高く舞い上がる。瞳を閉じれば魔力を持つ者が何処にいるか簡単に見える。リアは深緑の瞳をゆっくりと開くとある一点を見つめた。それは王城には到底敵いもしないが、豪勢な邸宅。空から見るとかなりの敷地を持っているように見える。それを見つめて彼女は口元に笑みを浮かべた。

『かつての下級貴族がのし上がったものね』

 思い出すのは銀髪に瑠璃色の瞳を持った双子の男女。時は巡って今は二つの家に分かれているが容姿は色濃く受け継がれているようだ。窓越しから見える一つの姿に何処か懐かしさを感じた。
 彼女は静かに指を鳴らして、その人差し指を屋敷の窓に向けた。すると強い風が勢いよく窓硝子に体当たりするようにぶつかるとパァンという音と共に硝子が砕け散った。

「な、何?」

 運よく窓ガラスから離れたユーディトは慌てて先程居た場所に視線を向けるが何故が悪寒を感じて机の上に置いてある鞭を取ろうと視線を戻したとき首元に冷たい何かが触れた。

『こんにちわ。それともお久しぶりと言うべきかしら?』

「……翠緑の魔女」

 磨き抜かれた短刀がユーディトの首に添えられている。にやりと笑って優位に立ったことを満喫する女性は話として耳にしていた翠緑の魔女。顔を見たことがあるのかと問われればそれは否。だけども感じる桁違いの力の強さに微かにテオフィールと似たようなものを感じたからである。テオフィールはレイの子孫、そしてレイは翠緑の魔女――リアの妹なのだから少なからず血縁関係にあたる。

『貴方に聞きたいことがあるの、闇の宝珠は何処にあるかしら?』

「私が言うとお思い? 少なくとも私は……」

『王家に忠実なる臣下、国の礎をそう簡単に渡して堪るかってことね。いいわ……そのくらい私にだってわかる。だけどももう一つ私には用事があるのよ』

 リアが手を翳すと何処からともなく保管してあるはずの闇の宝珠が静かに輝きを放ちながら彼女の手に収まる。その動作にユーディトは微塵も眉を動かさなかった。リアのような力があればわざわざ彼女に会わなくとも宝珠に触れることができた筈だ。
 ――では何故?

『魔女! その宝珠を放せ!』

 はっと我に返れば見たことのない少年の姿――いや、見たことがある。夢の中で出てきた末恐ろしく鋭いあの少年。自分の祖先である彼がそこにいた。

『やっと出てきたわね、ジェレマイア』

『それはレイ様がこの地に授けたもの! お前の意思で壊されて堪るか!』

 殺気立ってリアを睨みつける少年に怖いものはないのか、ユーディトは微かに震える唇を噛みしめた。もうここは自分の居るべき場所ではない、過去の因縁が混じり合う場所だ。

『ではその子孫が壊す意思を表しても阻むわけね』

『ならばそれは偽者だろう……我ら死した者が道を照らしている有難味も分からないとはな!!』

『鎖人ならともかく、死した者は大人しく消えるべきなのよ……あぁ、無理か。この宝珠に宿っているのだから』

 リアが宝珠を握りしめる力を込めればジェレマイアは微かに顔色を変える。だけども止めろ、と叫んでしまえば自分の存在を保つ媒体が危険に晒される。手を拱いている彼と含みを持って笑うリア。
彼らの会話を振り返って考えるとまるで今を生きているユーディト達が傀儡のように政治をしてきたことになる。その疑問をふと彼女は口にした。

「道を照らすってどういうこと……?」

『簡単よ。この世界は五つの宝珠によって保たれているという固定観念があるわ。よって必然的に国と宝珠を守る選択をしなければならない。それが国の進む道を照らすということよ』

「じゃあ……宝珠は」

『そんなの国に必要なものではないわ。考えてみなさい、宝珠がなかった時代は国が存在しなかったと思うの?』

 ――違う、元々国はあった。
 今更気づく真実。何故誰もレイヴァス王国ができる以前のことを考えなかったのだろう。慈悲神レイヴァスの影に隠れて見えなくなっていたのか、それとも自分達の国が至上の存在と思うが為に忘れ去られてしまったいたのか。つまりはテオフィールが唱えていた説は正しかったのだ。

『ユーディト、また君は間違いを犯すの?』

 その言葉に頭からすっと血が下がる。自分ではどうにもできなくなったジェレマイアはユーディトに助けを求め始めたのだ、それも脅迫という形で。

『クレメンティアはテオフィールに宝珠を預けて消えたよ。これで君の信用は地に堕ちたね……それに更に信用を失いたいの?』

 ゆっくりと後ずさる。もうこれ以上ジェレマイアの言葉を聞いていたくない。彼はまるで自分を罪人のように責め立てるから。それに過去の人に翻弄される自分に自分が許せなくなった。
 ユーディトはすっと腕を横に伸ばすとぐっと力を込める。するとリアの掌に収まっていた宝珠は彼女の元へと戻る。それを大切そうに抱きしめるとジェレマイアは満足そうに笑った。

『そうだよ、それが正しいことなんだ』

「そりゃ、どうだかな」

 声と共に短刀が三本、ジェレマイアに向けて投げられる。だけども実体のない彼の体を通り抜けて壁に突き刺さる。苛立ったように訪問者を見るジェレマイアは幼い姿に似合わずに両腕を組む。

『全く……君まで出てきたか』

「どんな行動や考えを持っていても大切な従姉さんだからな」

 杖を片手に壁に寄りかかりながらにやりと笑うのはカイザー。空いた手には投げた短剣よりも大ぶりの剣が握られている。

『ふん……所詮傍系には止められない』

 そう冷たく言い放って片手を突き出すジェレマイア。その掌めがけてどす黒い何かが集まり始める。ぞくりと粟立つ背筋を堪えて短剣を構える。その短剣は憧れていた人の遺品――ジークリードが生前愛用していた短剣。彼は流行り病で亡くなる前にカイザーにユーディトを守るように告げた。その時に授けられた短剣である。闇魔道士として卓越した力を持っていたジークリードが長らく愛用していたものだから闇の魔力が染みついているはず。始祖として強大な力を持つ少年に敵うことはできなくても身を守ることができるだろうと考えたのだ。

「止めて……止めて!!」

『もう止められないわよ。全ては貴方が招いたことだもの』

 宝珠を抱きしめて叫ぶユーディトを見下ろして冷たく告げるのはリア。目を背けていた国の本当の姿。あるべき姿に戻すべきと言い続けながらも結局は何もしていなかった。それに気がついた時、湧いた感情は“虚しさ”だった。

『貴方は歴史に言わせれば偽善者。ねぇ、どうする? 偽善者のままでは嫌でしょう?』

 茶化すように笑うリアに鋭い視線を向けてから徐に腕に抱いた闇の宝珠に目を向けた。この宝珠さえなければ道を間違えることはなかったのかもしれない。だけどもこの宝珠が無ければデーベライナー家は四大貴族に名を連ねることができなかった。目を背けても背けることのできない真実がそこにある。

「でも、知らない振りはできないわ!」

 ジェレマイアが魔力の塊を放とうと大きく振りかぶる。それは大きく弧を描いてカイザー目がけて勢い付く。ユーディトは壁に突き刺さった短剣を抜いて宝珠に突き刺すがどんなに力を加えても日々さえ入らない。顔を上げて二人の様子を見ながらも懸命に宝珠を割ろうとする。

(……これで良いんだよな)

 ユーディトが宝珠を砕けばあとは理の加護は壊れていく。保守派のデーベライナー家が動き出せば、皆動くしかできない。迫る魔法を前にこんなことしか考えられないのか、と苦笑した時だった。

『傍系なんて関係ありませんわよ』

 幼い声と共に何処からともなく現れた激流がジェレマイアの放った魔術を覆う。水の中で爆発を起こしたのを見守る瑠璃色の瞳を持った少女は何処となく幼いころのユーディトに似ている気がした。

『今更姿を現したか……加護を司る力を持ちながらも人柱になることを拒否をした愚かな妹よ』

 ジェレマイアの言葉に少女は少し悲しそうな顔をしたが、至って穏やな声でそっと語りかけた。

『この国に加護なんて必要無いのは兄様もご存じでしょう? だから私が人柱にならなくてもこの国は動いている……それが良い証拠だと思いますの』

 王家の炎の力、エーレンフェルスの風の力、ドレッセルの氷の力、ブラントミュラーの雷の力、デーベライナーの闇の力。同じデーベライナーに属しながらも水の力を駆使する侯爵家。その存在は長きに渡り、疑問に思われることはなかった。その理由は百年戦争まで遡る。
 慈悲神レイヴァスによって力を授けられた人間は六人。その力を駆使して戦争に勝利を収めることができたが、問題は崩壊寸前の国を建て直す時に起こった。慈悲神レイヴァスの犠牲によって翠緑の魔女を退けることができたのだから、レイヴァスを崇めるべきだという考えと今まで通りに国を続けていくべきと考え。それは激しくぶつかって戦友達の友情に戻らない亀裂を生んだ。
 稀代の軍師であったブラントミュラーの当主は雷の力を宝珠に明け渡して出奔。そしてその後を追うように一人の少女が国を出たが、自分の力を利用されることを恐れて宝珠にも移さずに姿を消した。そして残った力を持つ者が力を宝珠に明け渡し、国に加護を施した。
 数十年後にその少女の子どもが王国に戻り、力と血筋を今まで受け継いできたという。それが侯爵家の歴史である。故に本家には逆らわず、常に影として付き従う習慣のようなものができているのだ。
 ――まるで罪悪感を拭うように。

『だから……私達は消えるべきですわ!』

 ユーディトが握りしめた短刀はイシュメルの声に反応して淡い水色に輝き始める。それを思いっきり宝珠に突き立てればびくともしなかった宝珠にひびが入り、短刀を抜けばそれは綺麗に砕けた。宝珠の紫色は割れた部分からゆっくりと抜けていく。それに伴ってジェレマイアの姿も薄らいでいく。

『取り返しのつかない過ちをまた重ねるか……!』

「私はデーベライナーの当主として決断しました。必ず……この国を繁栄させて見せましょう、今まで以上に」

 色が抜けた宝珠の欠片はジェレマイアの姿が完全に消えると同時に砂になって消えた。力が抜けたように座り込むユーディト。そんな彼女に優しい視線を送るイシュメルはずっと見守っていたリアに気がついた。

『リア様はどうなさるの?』

『レイが消えるまでは消えられない……姉妹だからね。でも貴方は消えられる』

『ふふふ……双子ほど絆の強いものはありませんからね』

 次第に薄らいでいく体を見つめて意を決したのか、イシュメルはカイザーに歩み寄ると力いっぱい抱きしめた。とは言っても子どもの体の彼女の力は高が知れている。だけども薄らいでいく体の所為でその感触は次第に失われていく。

『約束を守ってくれてありがとう、私の血を引く愛しい子』

 遠い昔に亡くなった母親のような笑み。もう顔も思い出せなくなってしまったけれどきっとこんな表情をしていたんだと思う。幼い体に大人の精神、その矛盾はどれだけ彼女を苦しめたのだろう。消えていく少女の表情は今までに見たことがないくらい穏やかな表情だった。


+++++++++



「これで残りは三つ」

 両手に収まる二つの宝珠は紅と黄金。
 窓に寄りかかりながらその輝きをじっと見つめる。人を惑わす美しさをもつ宝珠に誰が人の魂が込められていると考えたのだろう。そして一体誰が――。

(……一人しか居ないよな)

 簡単に導き出せる答えに労力を使った自分に思わず笑みをこぼす。風の宝珠が壊れた時にあの女はどんな行動に出るか。彼は一人窓越しに広がる城下町に目を向けてふと息を吐いたのだった。

次へ
戻る